ビオエナジー株式会社 創業の思い

代表取締役 澤浦彰治

―地球をとりまくエネルギーは太陽からの太陽エネルギー、
風からの風力エネルギー、水からの水力エネルギーなど、利用可能なエネルギーがたくさんある。
そこで私は農家自らがエネルギーを創り出し、そのエネルギーを使用することを考えた―

なぜ農家が太陽光なのか

冒頭の一節は、1982年に利根農林高等学校農業科(現・利根実業高等学校農業系生物生産科)の3年生だった私が卒業論文に記したものです。第2次オイルショックによる混乱の中で、農業で使うエネルギーを自然エネルギーで賄うことができないものかと思いめぐらせ、自然エネルギーの可能性をテーマに書き上げました。そしてその思いは、農業を業とする日々の中で実現の意欲が増していきました。なぜなら、農業人として農業現場での気候変動(温暖化)による作物の栽培体系や病害虫の急激な変化を肌で感じとっていたから。そして、経営者として、現代の「山」を活用することで、農業経営を強化したいと考えたからです。

二宮金次郎はなぜ背中に薪を背負っているのか

まだ石油のない時代、生活のエネルギー源は石炭や炭、そして薪であり、その多くは「山」から恵まれた資源でした。農村では「山持ちは金持ち」と言われ、「山」を持っていることが富の象徴でした。かの二宮金次郎も、エネルギー源であった薪に着目し、薪を確保するために「山」ごと購入した後、利益を自分ひとりのものとすることなく、周囲の人々と協力しながら成功を収めたという逸話があります。「山」は当時のエネルギー源でありながら、重要な建築資材源でもあり、農家は天候に不安定な農業を、天候に左右されない「山」からの産出物で経営を安定化させていたのです。

東日本大震災とヨーロッパ

時は流れ、2011年3月11日。会社の方針発表会の最中起きた小さな揺れ。それは次第に大きくなり、私は―ただ事でないことが起こる―と直感しました。その後、東日本を襲った揺れと津波により原子力発電所の事故が発生。それまで「有機」「特別栽培」「添加物不使用」をコンセプトにしていた当社グループは突如、予想もしなかった風評被害により売上減少という大きな痛手を被ることになったのです。
こうした中、私はヨーロッパにシラタキの輸出の商談で行きました。10年ぶりの南フランスやドイツ、イタリアの田舎道を通ったとき、そこに広がっていたのは以前と全く違った風景でした。なんとも大きな風車が建ち、大規模な太陽光発電設備が建てられていたのです。それらは農家が副収入源として建設し、自然エネルギーを活かして売電しているということでした。

「山」を活用した農業の安定、そして農業人材の発展

衝撃を受けたヨーロッパの農村の風景、大震災による地域経済の落ち込み、「山持は金持ち」、そして若き日に感じた自然エネルギーの可能性。私の中で、農業と自然エネルギーが明確にひとつの線で繋がり、「山」として自然エネルギーを活用することで、農業経営を安定させ、安定して「食」を届け続けることが可能になるという明確な未来を描くことができました。そしてそれは「食」の安定だけにとどまらず、「人材育成」そして「地域農業」を発展させる仕組みづくりと開発を行うことのできる可能性も備えていると考えました。
そうした考えから、資源の源である「山」を活用し、その収入を自社グループをはじめとした地域の農業や農業に携わる人材の育成などに還元することを目的として、ビオエナジー株式会社を創業しました。

ビオエナジー4大事業

ビオエナジー株式会社は、各部門に特化したいくつか事業によって構成されています。